白河の関跡とカタクリの群落

「白河の関」というと昔の歌で詠まれることが多いため一度は名前を聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。しかしながら実際に関として機能していたのは一般的な関所のイメージよりもはるか昔、7~8世紀ごろのことのようです。つまりは江戸時代の関所とはまた別物で、蝦夷の南下を防ぐための砦としての機能だったようです。

ただ白河の関が廃れた後も「ここからみちのく」というシンボルとして多くの歌人に歌枕として利用されたりしたため現在までそのイメージが残っているようですね。

廃れて場所もわからなくなっていた白河の関は白川藩主の松平定信が研究により場所を突き止め今に至ります。現在は白河神社が建っており、また砦の跡と思われる空堀も見ることができます。

白河神社

空堀の跡です。

付近はカタクリの群落となっています。

歌碑もいくつか建っていました。

すぐ近くには白河ラーメンの有名店「やたべ」もありましたが既にこの日は売り切れ仕舞いのようでした。

白河の駅からは10キロ程度は離れているので自家用車でないと行きづらい場所です。